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折れた舳先の示す未来へ

 静かな水音が足元から響く。

 穏やかな湖面は、戦いの最中にも関わらずゆったりと時を映し続ける。まるで、人の世の争いごとになど

興味ないかのように。

 ビュッデヒュッケ城裏に浮かぶ廃船は、今や「炎の運び手」達の住まいとなっていた。城の部屋だけでは

増える仲間を収容しきれず、船の船室までも利用せざるを得ない状況になっている。

 しかし、城主であるトーマス自らが自室を「炎の英雄」に譲り船の一室を使っているので、誰も不平不満を

言うものはいない。

 いつの間にやら風呂やまでオープンした船は、住人たちの憩いの場となっていた。

 そして、とある日の午後。

 その船の舳先に佇む、一人の影があった。

 折れ曲がった舳先はあらぬ方向を示し、風雨に晒されつづけた甲板は所々腐っている。危険なので人が

近づくことのないこの場所は、考え事をするには最適だった。

 一人物思いに耽るその姿は、まるで戦乙女を模った像であるかのよう。白銀の甲冑に結い上げた銀の髪、

ゼクセンでは銀の乙女と呼ばれる、クリス・ライトフェローその人だ。

 彼女の部屋もまた、この船にあった。といっても、度重なる戦いの中、部屋にいた時間はほとんどない。

 クリス、ゲド、そして炎の英雄ヒューゴ。三人は休む間もなく戦い続け、そしてその戦いはまだ終わっては

いない。

「……考え事か?」

 唐突な言葉に、はっとクリスは振り返る。

「……あなたか、ゲド殿」

 背後に佇む黒い人影に、クリスは肩の力を抜く。ゲドは無言でクリスの隣までやってくると、並んで湖畔に

視線を傾けた、

 真なる雷の紋章を継承する者、ゲド。すでに百年以上を生き、かの「炎の英雄」と共に生きた時代もあった

という男。

 無口な彼は、必要以上に人と接触することはない。例外は傭兵隊の仲間たちだが、それでも無駄口を叩い

たりしないのが常である。

 そんな彼が声を掛けてきたことが、クリスにとっては意外だった。

「貴殿こそ、いかがされた?」

 問いを返すクリスに、ゲドは湖面を見つめながら、静かに答える。

「……さっき、ヒューゴに会った」

「ヒューゴに?」

 同じ城内に暮らしているのだ、会う事が珍しいわけではない。そんなクリスの考えを察したのか、ゲドは言葉

を続ける。

「彼に、こう問われた。『真なる紋章は、なぜ人の手に受け継がれるのか』と」

 クリスが目を瞬かせる。

「ヒューゴが、そんなことを?」

 真なる炎の紋章を受け継ぎし者、ヒューゴ。炎の英雄として祭り上げられているが、その実態はまだ若き

少年に過ぎない。

 考えるよりも行動するタイプの彼が、そんな問いかけをゲドにしたとは珍しいことだ。

「……それで?何と答えたのです?」

「……お前はどう思う?真なる水の紋章を受け継ぎし者よ」

 そう言われて、クリスは無意識のうちに右手を握り締める。銀の篭手の下には、父親が守った真なる水の

紋章が宿っている。

 しかし、彼女がそれを受け継いだのはつい先日。まだ、真なる紋章を継承したという意識は薄い。

「……私には分かりません」

 素直に答えるクリスに、ゲドは瞼を伏せる。

「そうだな。俺にも分からん」

 真なる27の紋章。それはこの世界の全ての源であり、力の象徴。

 それを手にした者は不老になり、絶大な力を授かる。そのために、古くから真の紋章をめぐって、多くの戦いが

繰り返されてきた。

 しかしヒューゴは問うた。なぜ真なる紋章は、人に宿るのかと。

 世界の源ならば、黙って高みから世界を見守っていればいいのにと。

 わざわざ人の身に宿り、人生を狂わせ、戦いを引き起こすのは、どういうわけなのかと。

 あまりにも素直で単純な質問に、ゲドは戸惑った。しかしその問いは真理でもある。

 27の紋章は、すなわちこの世界では神。

 その神はなぜ、宿主を必要とするのか。

「……それでは、ヒューゴに何と答えたのです?」

 真摯な瞳で問うクリスに、ゲドはひょい、と肩を竦めてみせる。

「人の世は、人が動かすものじゃないか、と」

 真なる紋章が人に宿る理由。それは当の紋章にしか分からない。

 しかしゲドは考える。人の運命は、人が決めるものだと。

 この世界は、人に委ねられているのだと。

 だからこそ、紋章は人の手に宿り、人の力によって世界は変わっていくのではないか。

「……だからといって、自分が世界を思うがまま動かせるなどとは、思わんがな」

 真なる紋章ができることには、限界がある。絶大なる力を持つ紋章は、しかし絶対ではない。

 人の心にこそ勝る力はない。それは時に、紋章の引き起こす宿命すらも変えてしまうほどに強いものだ。

 かつて、炎の英雄がそうだったように。

 かつて、生と死を司る紋章を受け継いだ一人の少年がそうだったように。
 
 そして、始まりの紋章を受け継いだ二人の少年達がそうだったように。

 大いなる力の誘惑を撥ね退け、自らの意思を貫いた者達。

 彼らは決して奢ることなく、ただただ"人間"であり続けた。そうであろうとした。

「人の世は、人が動かすもの……」

 クリスはそっと、紋章が宿る甲に左手を添える。そこに宿るのは、神にも等しい力。

 しかしそれを振るうのは、人の意思。

「そう、だな。私もそう思う。紋章にできることなど、たかが知れている」

 クリスの言葉に、ゲドがそっと微笑を受かべる。それは、かつて聞いたことのある言葉。

 かつて、クリスの父である男が同じ言葉を紡いでいたことを、ゲドは覚えている。

 炎の英雄とは違った方法で、それでも人として人の世との関わりを持つ方法を選んだ男。

 彼の残した命は、心は、クリスへと確かに受け継がれている。

「ああ、そうだな」

 使い方を過てば、世界を滅ぼしかねないその力。

 しかし、その力をもってしても成し得ない事がある。それを忘れない限り、道を外れることはない。

「おや、話をすればなんとやら、だ」

 クリスの言葉に振り返ると、甲板へ上がる階段を元気に駆け上がってくる少年の姿が目に飛び込んできた。

 元気いっぱいなヒューゴの姿は、紋章を継ぎし者の悲哀など吹き飛ばしてしまうほどに明るく、力強い。

「おーい、ゲドさん、クリスさん!シーザーさんが呼んでるよ!」

「ああ、今行く」

 そう言って歩き出すゲドに、クリスも歩き始める。

 真なる紋章を受け継ぐ三人。それぞれ違う人生を生きる者達の道は、今確かに交わっている。



-完-

 幻水シリーズの要、27の紋章についての話です。

 この真なる紋章については謎が多いんですが、私がもっとも疑問に思ったことをヒューゴに問わせてみました。

 この真なる紋章、今のところ所有者が分かってるのは半分以下ですが、夜の紋章みたいに単独で?活動して

るヤツもいれば、始まりの紋章のように二つに分かれて宿るヤツもあったりと、バリエーションに富んでることは

確かです。

 しかし、なぜ紋章は人に宿るのでしょう。

 そんなに凄い力を持ってるなら、それこそ自分の意思で勝手に動いてたっていいじゃないですか。

 星辰剣みたいに。(まあ、彼は勝手に動き回ったりしてるわけじゃないでしょうが……)

 わざわざ、儚い命に宿らんでも……と思うのは、私だけですかね?

 というわけで、私なりの解釈をゲドさんにしゃべってもらってます。

 実際のところについては、シリーズが進めば明らかに……なるのかな?

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