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空に架かる虹

 それは

 決して紡がれない 物語

 決して語られない 物語

 無数の選択肢の彼方に消えた

 もう一つの 物語




「…ックさま。ルック様」

 ぼんやりと霞む視界の向こうから、声が響いてくる。

 それは、彼にとって馴染みの深い、耳に心地よい響き。

「ルック様!」

 急に声が間近で聞こえて、彼はハッと目を瞬かせた。

「どうなさいました?」

 目の前に、少女の瞳がある。心配げに彼を見つめる、青い双眸。

「あ、ああ……いや、なんでもない。考え事をしていただけだ」

「それならよろしいのですけど……。このような場所でぼーっとされていては、皆さんのお邪魔に

なります。お部屋へ参りましょう?」

 このような場所、と言われて、彼は辺りを見回す。

 古びた城のエントランスホール。資料室や会議室、食堂や劇場に繋がるこの階は、人の往来が

激しい。

(……ここ、は……)

「私たちのような者にまでお部屋を用意してくださるなんて、こちらの城主さまは寛大なお方ですね」

 嬉しそうに微笑む少女。そう、セラだ。彼女の名前すら、忘れかけていた。

「おや、ルック殿。ここにいらしたのですか」

 通りかかった青い服の青年が、彼を見つけて声をかけてきた。特徴のある鼻が印象的な彼の名は、

なんと言ったか。ハルモニアの軍服は、様々な人種が集うこの城においても目を惹く。

「まあ、ディオス様。お忙しそうですわね」

 セラの言葉に、ディオスと呼ばれた男は頭を掻く。

「いえいえ、ハルモニアにいた頃に比べれば……おっと、そうです。ササライ殿を見かけませんでした

か?いつもこの辺りにいらっしゃるのですが……」

 ササライ。その言葉に、はっと目を見張る。

 それは、彼にとって特別な言葉。そして、特別な存在。

 彼の動揺をよそに、セラはディオスに笑顔で答えている。

「先ほど、お城の外に向かって歩かれていくのを見かけましたけれど……?」

「またですか……ありがとうございます」

 そう言って慌しく玄関へと走っていくディオス。その後姿を見送ってから、セラは再び彼に向かう。

「さあ、ルック様」

「あ、ああ……」

 促されるままに歩き出しながら、しかし彼は強烈な違和感を拭うことが出来ない。

(なん、だ……何が起きている?)

 ここは、炎の運び手の集う城、ビュッデヒュッケ城。

 そして、自分は……。

「ルックく〜ん!やっほー」

 唐突に真横から響いてきた声に面食らう彼に、声の主である黒髪の少女は、いつもの如く天真爛漫

な笑顔を見せる。

「またルックくんと一緒にいられるなんて、楽しいなぁ〜♪」

 この少女は、初めて会ったときから何も変わらない。類い稀なる瞬き魔法の才能で、彼女は時をも

飛び越える。そして戦いの最中に姿を現し、過去二度も彼と共に本拠地の番人として城に留まり、また

戦いに身を投じていた。

 彼女の定位置は瞬きの鏡の横。そして彼の定位置は、約束の石版の前。

 新同盟軍の本拠地では、その二つは同じ広間に置かれていた。

「ねえねえセラちゃん。ルックくんって、無愛想だけど本当はすっごく優しい人なんだよねえ〜」

「ええ、そうですわね、ビッキーさん」

 和やかに話す二人。しかし彼には、それにも違和感を覚える。

 と、彼らの頭上から声が降ってきた。

「あ、いたいた。ルックさん!」

 カラヤ族の衣装が焼けた肌に映える、元気のいい少年。

「ここにいたのか。今、探しに行こうと思っていたところだ」

 きびきびとした口調がよく似合う、銀の乙女。

「……軍議が始まるぞ」

 寡黙な戦士。その後ろには彼の仲間たちが揃っている。

 そして、その後ろからやってくる赤い髪の兄弟。

 兄の方がルックを見つけて、声をかけてくる。

「ああ、ルック殿。今回の作戦には我々の持つ情報がかなり重要と思われますので、軍議への参加を

お願いいたします」

「あ、ああ……」

「いよいよ、大詰めだもんな。あのヒクサクって奴を倒せば、大団円ってわけだ」

「まあシーザー。そんな簡単なものではないでしょう」

 いつも眠そうな弟の気楽な発言を、そっとたしなめる茶色い髪の女性。彼女もまた、ルックを見て

懐かしそうに笑いかける。

「ルックさん、申し訳ないのだけれど、軍議に付き合ってくださる?」

 彼女もまた、二度の戦いを共にした、かつての仲間。彼やビッキーとは違い、年相応の落ち着いた

外見が、なぜか眩しい。

「アップル女史の言う通りだ。もう少し考えてものを言うのだな、シーザー」

「うるさいな、アルベルト。俺は大局的に物事を考えてるんだ」

「それを人は大雑把と言うんだ」

「なんだとぉ!」

 仲睦まじい兄弟の会話に、最後に階段を下りてきた城主が笑いをこらえながら、割って入る。

「こんなところで兄弟喧嘩してないで、はやく会議室に行きましょう。ルックさんも、ご一緒に」

 人懐こそうな笑顔。どこか憎めないその雰囲気。それはまるで、かつての盟主たちに似ていて。

 眩しそうに見つめてしまう彼に、城主は心配そうな顔を見せる。

「ルックさん?大丈夫ですか?やっぱり真なる紋章がないと、具合悪いんでしょうか」

「紋章が……?」

 言われてはっと手の甲を見る。そこには、何もない。そらで描けるほどに見飽きたあの忌まわしき

紋章の姿はかけらもなく、ただ若い少年の滑らかな皮膚があるだけ。

「しっかしあのヒクサクって奴、俺たちみんなから真なる紋章を奪い取っていくなんて……」

 悔しげなヒューゴ。その右手にも、紋章の姿はない。

「私たちは継承して日が浅かったから、まだなんともないが……ゲド殿は?」

「いや……今のところは大丈夫だが……」

 かつての敵を囲んで、心配げに話し合う彼ら。それが彼に、言いようのないもどかしさを覚えさせる。

(これは……どういうことだ?)

「しかし、そのヒクサクという人は、真なる紋章を集めて何をするつもりなんでしょうか?」

 首を傾げる城主トーマス。彼は真なる紋章を宿すものではない。しかし、宿星を束ねる天魁星として、

確実に人々の心をまとめ上げている。

「さあな、分かりたくもないが……おや、ササライ殿が戻ったようだな」

 銀の乙女クリスが、開け放たれた扉の向こうに人影を認めてそう言った。ほどなく、従者を引き連れた

青年が広間にやってくる。そして、階段の下に集まる彼らを見て、おや?と首を傾げてみせた。

「こんなところに集まって、どうしたんだい?」

「どうした、じゃありませんよササライさま。今日は軍議があると、今朝申し上げたでしょう?」

 汗を拭きふき、ディオスが咎めるような口調でササライに向かうが、ササライはいつもの笑顔で従者の

言葉を一蹴する。

「ああ、そうだったっけ。それじゃあ会議室に向かおうか」

「ええ、そうですね」

 ぞろぞろと会議室に入っていく炎の運び手たち。そんな様子を呆然と見つめる彼に、トーマスが

おずおずと声をかけてくる。

「あの、ルックさん。大丈夫ですから。この城にいる人はみんな、僕の大切な仲間です。だから、

守ります。大丈夫ですよ」

 屈託のない笑顔。小さな、やせた体で、この少年は彼を守ると言う。

(この僕を---守る、だって?)

「トーマス殿は、強いな」

 横で聞いていたらしいササライが、からかいとも本気ともつかない口調で茶々を入れる。そして、

不意に真顔で彼を見つめてきた。

「ルック。今までは……いや、過去のことを言ってもしかたない。これからは、力を合わせて戦うんだ。

よろしく頼むよ。僕の兄弟」

 自分と同じ顔が、穏やかに微笑んでいる。

 過去を、自らの存在意義を乗り越えて、ササライは戦おうとしている。そして、同じ運命を持って

生まれた彼にも、手を差し伸べている。

(この手を……握っていいのか)

 握ればいい。そして、共に戦おうと、いや、「まさか、兄さんと力を合わせる日が来るとは思いもよらな

かったよ」、なんて、昔のような皮肉を言えばいい。

 そして、星のもとに集った仲間たちと、最後の戦いに挑むのだ。明日を掴むべく。

(いや……これは、そう。夢だ)

 唐突に、彼は気づく。そう、これは現実ではない。

 ありえない構図。架空の物語。

 これは、彼が選びえなかった道。

(こんな夢を……なぜ)

 戸惑う彼の手を、白い手がそっと包み込む。そして、差し出されたササライの手を導き、二つの手を

重ね合わせる。

 軽く握られた手を反射的に握り返す。ほのかに暖かい手。生きている人間の、暖かい感触。

 そしてそれを繋ぐ、少し冷たい、小さな白い手。

「セラ……」

「行きましょう、ルック様。私は最後まで、あなたと共に戦います」

 淡い青の瞳。しかしそこには、信念の下にまっすぐ生きようとする、強い意志が漲っている。

「……ああ、そうだな」

 ふ、と肩の力を抜く。

 これは、夢なのだ。

 夢ならば……せめて楽しい夢を。

 せめて、昔のように笑っている夢を、見てもいい。

「さあ、行こうか」

 会議室へと足を向けるササライ。それを追いかけるように、セラはルックの手を取って、促す。

「ルック様、行きましょう」

「……ああ、行こう、セラ」

 そう、これは夢なのだ。

 空に架かる虹のように、儚く美しい、夢なのだ……


 ユメナラバ……セメテ、タノシイユメヲ。




-完-

 何を唐突に、と思われるかもしれない作品になっちゃいましたね。

 これは、幻水IIIプレイ当初、私が思い描いていた物語でした。

 プレイ開始当時はまだ攻略本にも頼らず、攻略サイトにも足を運ばず、公式サイトもちょっと眺めた

だけで、情報をあまり集めていなかったんです。

 で、破壊者四人が108星に入っているというので、てっきり、最初は敵だけど後の方で真なる敵が

現れて、それを倒すためにヒューゴたちと手を組んで戦うのだと、漠然と思い描いていたわけですよ。

 結果、全然違ってたんですけど。ね。

 で、自分で書いてみたわけです。なんだか切ない話になっちゃいましたけど。

 

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