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1111hit 由希さまリクエスト小説 
白い猫

 それを最初に発見したのは、好奇心旺盛な壁新聞少年のアーサーであった。

「あれ?どうしたんですか?その猫」

「ん?ああ……」

 階段を上ってきたところを呼び止められて、彼は困ったように頭を掻く。

「なんだか知らないけど、懐かれちまってね」

 彼の懐から顔だけを覗かせて、小さく鳴いてみせるのは、雪のように真っ白な猫。

 色素が薄いのか、その瞳は血のように赤い。

「いくら引き離しても戻ってきちまうんでな。しょうがないからしばらく付き合ってやろうかと思ってね」

 口では困ったように言っているが、猫の頭を撫でてやる手は優しい。

「虫や犬だけじゃなくって、猫にも好かれるんですね。すごいなあ、ナッシュさん」

 無邪気に言ってくるアーサーに、ナッシュは口元を引きつらせる。

 こないだはルビによって空中散歩に引きずり出され、つい先日は城で飼われている犬のコロクやコニーにマーキングされ、

と散々な目に合っているナッシュである。

 勿論、アーサーに含むところはないのだが、それだけに素直な賞賛が心に突き刺さった。

「そ、それじゃあな」

 猫を懐に抱いたまま去っていくナッシュに、アーサーは笑顔で手を振りながら、いつも携帯しているメモを取り出してペンを

走らせる。

「早速みんなに教えてあげなきゃ」

 やたらに煽りのはいった文章が壁新聞を飾るのは、間違いなさそうだった。



「あ、その子ですか?ナッシュさんが飼い始めた猫って」

 トーマスが猫とじゃれている彼を見つけたのは、湖畔の木陰だった。

 昼も大分過ぎ、すぐそばの食堂もすでに客足が途絶えている。周囲に人影はなく、静かな湖畔には鳥の鳴き声だけが響

いていた。

「あ、ああ。なんだ、もう知れ渡ってるのか?」

 無邪気に遊んでいる姿を見られたのが恥ずかしかったのか、少々バツの悪そうな顔で言ってくるナッシュに、トーマスは

苦笑する。

「壁新聞に大きく書かれてましたから、もうみんな知ってると思いますけど……」

 そう言いながら、猫にそっと手を伸ばすトーマス。ナッシュの膝の上で物珍しそうにトーマスを見上げていた白猫は、差し

出された手をふんふんと嗅いで、ぺろっと舐めてくる。

「はは、かわいいね、君」

 意外に動物好きのトーマスが思わず笑顔を漏らすと、猫は気を良くしたのかナッシュから離れ、トーマスの足に擦り寄った。

「こいつ、若い男と見ると途端に愛想を振り撒くんだぜ?まったく、困ったやつだ」

「あはは……」

 何と言っていいか分からず、曖昧な笑顔を浮かべるトーマス。その間も猫はひとしきりトーマスにじゃれついたあと、もう

飽きた、という様子でナッシュのところに戻っていく。

「そう言えば、名前はつけたんですか?」

 城で飼われている動物には、コロク達のように大抵名前がつけられている。

 いつの間にか住み着いてしまった野良猫たちにも、誰かがなんとなくつけた名前が定着していた。

 トーマスの問いかけに、ナッシュは照れたような笑いを浮かべて

「かみさんの名前でもつけようかと思ったんだけどね」

 と答えた。

(そういえば、ナッシュさんは結婚してるってクリスさんが言ってたっけ……)

 もっとも、クリスはかなり眉唾ものの話らしいが、と一言付け加えていたが。

「まあ、そのうち決めるさ。その前に飽きられなきゃいいが」

 猫は気まぐれな生き物だ。ふらりとやってきたかと思えば、いつの間にか姿を消してしまう。

「もし必要だったら、倉庫にある犬小屋使って構いませんから」

「ああ、すまないね」

「いえ。それじゃ、僕はこれで」

 そう言って、トーマスは話を切り上げると手を振りながら食堂の方に歩いていく。それに手を振り返して、ナッシュは膝で

まどろむ猫をひょいと抱き上げ、すでに定位置と化した上着の懐に放り込む。

「悪い悪い」

 抗議の鳴き声にそう答えながら、ナッシュは立ち上がる。

「しかし、本当おまえは若い男と見ると猫なで声で擦り寄っていくよな。まるで……」

 誰かさんそっくりだよ、と口の中で呟く彼に、猫はきょとんとした目で彼を見上げていた。


* * * * *

 最初は、ちょっとした好奇心だった。

 帰る場所も行く当てもない、気ままな一人旅。

 たまには西に足を向けてみようと思い立ったのは、いつもの気まぐれでしかない。

 ところが、草原の国グラスランドに踏み入れた途端、ハルモニア進軍やらゼクセン連邦とグラスランドの対立だの、きな

臭いことになってきた。

 これは早々に引き返したほうがいいと思った矢先。たまたま立ち寄った水辺の村で、その話を聞いてしまったのだ。


 真なる炎の紋章を継承した少年のもとに、人々が集っている。

 彼らは西の外れ、湖畔に面した古い城に集結し、この地を守るべく戦いを続けている、と。


 まるで、15年前に参加した同盟軍のようだ。そう思ったら、つい、その城とやらを訪れてみたくなった。

 思い立ったが吉日とばかりに村を立ち、いくつかの村や町を経由して進むうちに、もう一つ、彼女の心を揺さぶる噂が耳に

入ってきた。

 それは、『彼』によく似た人物が、その城に集まる者達の中にいる、という噂。

(もし、噂が本当なら……)

 会ってみるのもいいかもしれない。

 もしかしたら、よく似た別の人間かもしれない。金髪に緑の目をした男など、どこにでもいる。

 それでも、彼女は人々が集うビュッデヒュッケ城へと足を向けていた。



「ふむ、ここか……」

 心地よい噴水の音が響く古城は、確かに多少痛んではいるがなかなかに趣のある作りをしていた。

 少し前までは、人も少なくただ朽ちていくのを待っているような場所だったらしいが、最近では大勢の人が訪れ、かなりの

賑わいを見せているという。

 その噂どおり、広場には多くの店が並び、子供や犬がはしゃぎ回っている。酒場や劇場、果てには大浴場まで揃っており、

それら施設を利用しにやってくる人間も多いらしい。

「なかなか、住み心地の良さそうな場所じゃな」

 形こそ違うが、そこに流れる雰囲気は、かつての同盟軍本拠地と共通するものがあった。

 戦いの最中であることを、つかの間忘れさせてくれる場所。そこに集い共に暮らす、気のいい仲間たち。

「さて、あの男はどこにおるのやら……」

 きょろきょろと辺りを見回す彼女の視界の端を、何か白いものが掠める。

「?」

 そちらを向いた途端に、何かが彼女めがけて飛び掛ってきた。

「なにっ?」

 慌てて構える彼女は、次の瞬間呆気にとられた顔で、腕の中に飛び込んできた小さなものを見る。

「……猫?」

 それは、真っ白な猫だった。なにやら甘えた様子で顔を押し付けてくる猫を、彼女は小さく嘆息して抱きかかえる。

「なんじゃ、おぬし。人懐こいのう」

 猫は嫌いではない。そっと小さな頭を撫でてやると、猫は気持ちよさそうに鳴いた。

「ここで飼われているのか?」

 野良にしては毛並みがいい。そう思って尋ねるが、勿論猫は答えない。ただ、にゃあと鳴いて彼女の腕から飛び降りると、

どこかへ向かって歩き出す。

「気まぐれな……」

 苦笑する彼女に、しかし猫は少し離れたところで立ち止まり、彼女を振り返って小さく鳴いてみせる。

 まるで、ついて来なよと言わんばかりの猫に、彼女は首を傾げた。

「なんじゃ?わらわをどこかに案内してくれるとでも言うのかえ?」

 そうだ、と言うように、小さく鳴く猫。まるで人の言葉が分かっているかのような態度に、彼女は肩をすくめる。

 どうせ急いでいるわけでもない。猫の気まぐれに付き合うのも、また一興。

「よし、付き合ってやろうではないか」

 彼女が歩き出したのを確認したように、猫は再び歩き出した。



 石段を降り、丹精こめて耕された畑を通り過ぎると、湖畔の食堂が見えてくる。

 猫は時折立ち止まっては後ろを振り返り、彼女がちゃんとついて来ているかを確かめるようにしては進んで行く。

「まったく、どこまで連れて行くつもりじゃ……?」

 猫の後姿を追いかけながら呟く彼女をよそに、猫はスタスタと歩きつづけ、食堂に近くなったところで急に歩みを速めた。

「?なんじゃ?」

 首を傾げながらもついていく。猫は更に足を速め、最後は全速力で目標目掛けて突っ込んでいく。

「ぅわっ!って、なんだお前か」

 後ろから突撃をかけられてひっくり返りそうになった男は、足にまとわりつく白猫をひょいと抱き上げた。

「ん?」

 視線を感じて猫の走ってきた方向を見る。しかし、そこには誰もいない。

「気のせいか……。しかし、お前、どこへ行ってたんだ?」

 猫を抱えて木陰へと移動する。いつもの場所に座り込むと、猫は彼をよじ登ろうと足をかけてくる。

「こらこら、やめろって」

 口ではやめろといいながら、彼は子供のような笑顔を浮かべて猫と戯れている。

「……あやつ……」

 そんな彼を、少し離れた所からこっそり見つめていた彼女は、小さく呟いて目を細める。

 彼のあんな笑顔を見たのは、初めてだった。

 彼女と過ごした日々の中で、彼がへらへら笑っている姿なら何度も見たが、ああやって、まるで無邪気な少年のように笑う

ところを見たことなど一度もない。もっとも、あの時はお互い、そんな場合ではなかった。

(……楽しそうに笑いおる……やはり、男はいつまでたっても子供よの……)

 思わず笑みを浮かべる彼女の目に、猫と戯れる彼に近づく少年の姿がとまった。

 身なりの良い茶色の髪の少年は、親しげに彼に近づいて挨拶をする。離れている為会話はかすかにしか聞き取れなかっ

たが、どうもあの猫について話しているようだ。

「……名前は……か?」

「かみさん……思った……その前……飽きられ……」

 不穏な単語が耳に入る。

(かみさん?)

 更に二、三言か話して、少年は食堂の方に歩いていった。残された彼の方は、猫を懐にしまい込みながら何か話し掛け、

立ち上がってどこかへと向かっていく。

(……これは、問い詰める必要がありそうじゃな……)

 拳を握り締め、彼女は気配を消して男のあとをつけていった。



「ふう、今日も疲れたな……」

 ベッドに倒れこんで、ナッシュは呟いた。疲れたといっても、猫と遊んだり、クリスに付き合って鍛錬を行ったりしていただけ

なのだが、いかんせん最近は年のせいか、疲れやすくなっているようだ。

「若い頃に無茶しすぎたせいか……」

 自嘲気味に笑う彼の上に、床で遊んでいた白猫が飛び乗ってくる。

「うっ……お前、腹の上に乗るんじゃない……」

 一瞬息が止まった彼は、上半身を勢いよく起こして猫をつまみ上げる。猫は暴れてナッシュの手から逃れると、ひょいと

出窓に飛び乗って丸くなった。

 窓から差し込む月明かりに照らされて、猫のすんなりした影が窓辺に落ちる。

 月が落とす影は、透き通る群青。青白い月光とのコントラストは、誰かを思い出させる。

「……お前は本当に、あいつに似てるよ」

 小さくため息をつき、猫の鼻先を突付く。迷惑そうな顔をする猫に、ナッシュは顔を寄せる。

「気まぐれで我侭で、懐いたかと思えばいなくなって……」

 だから思わず、彼女の名前をつけてしまった。恥ずかしいから人前では呼んだりしないが、猫もその名を気に入ったようだ。

 呼べば一声鳴いて、彼のもとへやってくる。

「若い男と見ると愛想を振り撒くのだけは勘弁して欲しいけどな」

 まるで、おじさんなんてお払い箱だと言われているようで。

「……ま、いいさ」

 猫に文句を言ったところで仕方がない。そっと頭を撫でると、猫は眠そうに大きく欠伸をすると、ますます丸くなって瞳を閉じ

てしまう。

「おやすみ……」

 そっと猫から離れ、ベッドに腰掛ける。その背中に、何か暖かいものが当たった。

「ん?」

 首だけを回して振り返ると、透けるような白い髪が目に飛び込んできた。

「うわっ!」

 慌てて飛びのくナッシュに、ベッドの上で膝を抱えていた少女がむっとした顔になる。

「なんじゃ、人を化け物のように……」

「充分化け物の部類だろうがっ!っていうか、何でお前がここにいる、シエラ!!」

 余計な一言を口走りつつ、驚きから疑いへと表情を変えるナッシュに、シエラは膝を抱えたままで平然と

「なに、たまたま立ち寄ったまでのこと」

 と言ってのける。ナッシュは呆れた顔で、驚きのあまり乱れた髪をかきあげた。動物だったら毛が逆立っていたことだろう。

 それほどまでに、少女の出現は唐突で、予想できない出来事だった。

「元気そうでなによりじゃ。しかし、おんしも大分老けたのう」

 容赦のない言葉に、ナッシュは肩をすくめる。

「そりゃそうだ。あれから何年経ったと思ってる?おれはもう、37だぜ?」

 十五年の歳月は、彼に渋さと余裕を与えた。しかし、いたずらっこのような目の輝きは、少しも変わっていない。

「それにしては、中身は相変わらずとみえるがのう」

 彼をつけて歩いている間、おしゃべり好きな城の人間たちから、彼についての噂は色々聞いてきた。

 なんでも、ゼクセン騎士団長をナンパしたとか、更に夜這いをかけたらしいとか、暇を見ては若い女の子に声を掛けている

とか。


 そして。


「猫に奥方の名前をつけてかわいがるなど、三十男のすることではなかろうに」

 そう言ってくるシエラの声に、いつもと違う響きを感じ取って、ナッシュはおや?と眉を上げた。

「なんだ?猫に嫉妬してるのか?らしくないな」

 途端にシエラが眉を吊り上げる。

「何を馬鹿なことを!わらわがなぜ、嫉妬などしなければならぬ」

「そりゃあ、おれに惚れ……おっと、電撃は勘弁してくれよ」

 慌てて制止をかけるナッシュ。シエラは深く息をつくと、膝を下ろして座り直した。

「……相変わらずの減らず口じゃな」

「それがウリなんでね。……なに、おれはまだ独り身だよ。かみさんがいるって言えば、警戒されないだろう?嘘も方便って

やつさ」

 あっさりと言うナッシュ。そして拍子抜けしているシエラに、そっと近寄った。

「……本当に、変わらないな」

 顔を寄せ、真剣な眼差しで真っ向から見つめてくるナッシュに、思わずシエラの顔が赤らむ。

「な、なんじゃ……」

「十五年前に、おれを捨ててとんずらこいた時と、全然変わらないって言ってるのさ」

 さり気なく文句を言われていることに気付いたシエラがむっとする。その表情は、ごく普通の少女のものだ。しかし彼女は、

その姿のまま、すでに800年以上の年月を生きてきている。

「真の紋章ってのは、残酷だな……」

 変わらぬ姿のまま、流れつづける時を彷徨うことが、どんなに辛いことか。

 そしてそれを目の当たりにした時の、言いようもないこの悲しみはなんなのだろう。

 ナッシュの瞳に寂しさを感じ取ったのか、シエラは首を横に振ってみせる。

「悲しいことばかりでもない。長く生きれば、見えるものもある。知り合える人もある」

 月の紋章を宿すことがなかったら、少なくとも今日、この日の解逅はなかった。

 生きる時間軸はまったく交わらず、永遠に出会わない運命だった。

「おれもその中に入ってるのかな?」

 冗談めかして聞いてくるナッシュに、シエラはただ微笑んでみせる。

 月明かりの差し込む部屋に、しばし心地よい沈黙が流れた。

「……その猫は、どうした?」

 しばらくして、口を開いたのはシエラの方からだった。

「ああ、ここで拾ったんだ」

 窓辺で眠る猫が、耳をぴくりと動かす。

「どっかの誰かさんにそっくりだったから、つい餌をやったら懐かれちまってね」

 白い毛並みに赤い瞳。しなやかな体で足音もなく駆け回り、そばにいたかと思えばふといなくなる。

 気まぐれなところも、気高いところも、笑ってしまうほどそっくりで。

「……だれのことを言っておる?」

「なかなか名前が思いつかなくってね。かみさんの名前にしようなんて言ってはみたが、いもしない人間の名前がつけられる

わけもないし」

 シエラの問いかけには答えず、話し続けるナッシュ。その瞳がまた、なにか悪巧みをしている子供のように輝いていることに、

シエラは気付く。

「あんまり似てるから、あんたから名前をもらったんだ」

「なんと名づけた?」



「ミケ。」




「……ほう……」

 一瞬にして凍りついた場の雰囲気に、何かを感じ取ったらしい猫がびくっと起き上がり、部屋の隅へと逃げ出していく。

「い、いや、ほらストレートにつけるのもどうかと思って、色々捻ってだなあ……」

 彼女の名前はシエラ・ミケーネ。月の紋章を継承する者にして、バンパイアの始祖。

 そして、ナッシュが名づけた愛称は、「電撃妖怪オババ」。



 かくして。

 月夜のビュッデヒュッケ城に、謎の落雷と悲鳴が響き渡った。



「……ちょっとした茶目っ気なのに……」

 ぶすぶすと焦げながら、涙目で呟く彼に、シエラはふんっとそっぽを向く。

「おんしに少しでも期待したわらわが馬鹿じゃったわ!」

「おやおや。何を期待してくれたんだ?猫にあんたの名前をつけて、可愛がりながら再会を願ってるとでも?」

 先程の電撃にちっとも懲りていない様子で茶化すナッシュに、シエラがかっと顔を赤らめる。

「そ、そんなことは……」

 ほんの少しだけ。彼が自分を思っていてくれる事を、心の隅で願っていたことに、改めて気付かされるシエラ。

 そんな彼女の様子に思わず笑みを浮かべて、ナッシュはそっとシエラを抱きしめる。

「……会いたかったさ。そうじゃなきゃ、いくらあんたに似てるからって、猫を飼うようなことしないよ」

 戦いになれば、猫は連れて行けない。そしてここは、本来彼の暮らす場所ではない。

 もともと長く留まる場所を持たない彼が、動物を飼おうなどと思ったのはこれがはじめてのことだ。

 それだけ、彼女に対する想いが深いのだと言いたいところだが、そんな素直に思いを告げることが出来なくなったのは、彼が

年を重ねた証。

 今更、真っ直ぐな思いをぶつけられるほど、彼は若くない。年をとれば、人は多少なりともひねくれてしまうものだ。

「……おんしの言葉は今一信用できぬが……今だけは騙されてやることにしよう」

 大人しくナッシュの腕に体を預けて、シエラは呟くように言った。

「騙されてやるだなんて、ひどい言い様だな。まるでおれがサギ師みたいじゃないか」

「似たようなものであろ?」

 くすくす笑いながら、ナッシュの胸に顔をすり寄せる。そんな仕草がやはり白猫そっくりで、なんとも不思議な気分にさせら

れる。

「なんでまあ、こんな手のかかる奴に惚れちまったんだか……」

 気まぐれで高飛車で、我侭で。

 それなのに、人を惹きつけてやまない猫のように。

 彼女の白い髪に、赤い双眸に。時折みせる、月光のような透き通った笑顔に。

 そして、永き時を経てもなお、気高く生き続けるその魂に。

 彼の心は惹きつけられ、そしてその想いは十五年間、変わることはなかった。

「……今日はまさか、逃げないよな?」

 十五年前のことを思い出し、そっと尋ねる。シエラは黙って微笑むと、そっと瞳を閉じた。



 ―――朝。

 開け放たれた窓から、容赦なく降り注ぐ朝日に起こされた彼は、ベッドから上半身を起こしてため息をついた。

「またとんずらか……」

 彼の隣には、誰もいない。それどころか、窓辺で眠っていた白猫の姿も、どこにも見えなかった。

「まったく、気まぐれな……」

 苦笑いを浮かべるナッシュ。しかし、その心はさほど悲しんではいなかった。

 猫はきまぐれだからこそ、猫。

 そして彼女もまた、気まぐれで自分勝手だからこそ、彼女なのだから。

 猫も彼女も、気が向いたら、なんでもない顔をして再び現れるだろう。

「気長に待つとするか。どうせ、今はやることもあるんだしな」

 今日も今日とて、戦いは続く。

「全てが終わったら……今度はこっちから探しに行ってもいいか」

 戦いの行方はまだ分からない。いつその命を散らすことになるかもしれない。

 それでも、明日を信じて彼は戦い続ける。

 いつか、彼女と共に歩める時がくる日まで。



-完-


 1111hitリクエスト、「ナッシエで甘めだけどナッシュ(37)は、やはり不運な小説」です(>_<)

 甘め……になったのか分かりませんが、やっぱりナッシュは不運というか、学習能力がないというか、わざとやってる

でしょうっていうか(^_^;)

 猫が出てきたのは、単に私が猫好きだから……ああ、なんて単純。しかもやっぱり、シリアスになり切れないあたり……。

 こんな感じで良かったでしょうか???微妙にずれちゃった気がしてならないんですが……

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