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4000hit 美袋さまリクエスト小説 
月夜の誘い

「……吸血鬼?」

 怪訝そうな顔のクリスに、柔らかい茶色の髪を揺らして青年は頷いてみせる。

「ええ、ゼクセン領内の噂なので、お知らせした方がいいかと思って。まあ、あくまで噂、なんですけど」

 少々困った顔をして話すのは、彼の昔からの癖だ。16歳で城主に任命され、紆余曲折あったものの今では誰しも

認めるビュッデヒュッケ城の主トーマスは、目の前でなにやら考え込んでいる白銀の女騎士をどこか眩しそうに

見つめていた。

「それで、具体的な場所や被害状況などは分かっているのか?」

 きびきびと話す彼女は、22歳の頃から変わらぬ容姿を留めている。それは、真なる水の紋章を継承した者の宿命。

 あの動乱から5年。20歳を超えたトーマスはといえば、すでにクリスの身長を越してしまっている。ひ弱そうだった体も

大分逞しくなり、今では心身ともに城主としての風格を湛えている。

「ええ、ゼクセンとグラスランドの境にある、トルーアという村を中心に目撃されているようです。それと被害の方は、

その村の女性が何人か昏睡状態にあるとか……。きちんと調べたわけではないのでなんとも言えないんですが、

噂のほどを確かめようにも、今こちらも色々と忙しくて、ちょっと手が離せない状況でして……」

 ビュッデヒュッケ城の若き城主は、いまだに苦労が絶えないようだ。グラスランドとゼクセン連邦の間にあるこの

場所は、双方の交流の場として大いに活用されているが、また双方の騒動にも巻き込まれやすい。

「なるほど。それで騎士団に連絡を遣したというわけだな」

「ええ、でもまさか、クリスさんがいらっしゃるとは思いませんでした」

 トーマスの言葉に苦笑するクリス。

「たまたま、体が空いていたからな。それに私とて、思い出深いこの城に、たまには寄ってみたくもなる」

 そういって、執務室を見回すクリス。この城は、あの動乱の頃からまったく変わっていない。

「しかし相変わらず、痛んでいるな。補修工事の目処は立たないのか?」

「ええ……計画はあるんですが、資金繰りがまだ……」

 頭を掻くトーマス。この城が貧乏なのも、いまだ変わらないようだ。

 その言葉に苦笑しつつ、クリスはよし、と腰を上げる。

「その噂の真偽、確かめてこよう。ちょうど今日から五日ほど休暇をもらったことだしな」

 ええっと目を見開くトーマス。

「クリスさんが直々に、ですか?」

 ゼクセンの騎士団長ともあろう人間が、本当かどうかも疑わしい噂を確かめにいくなどと、そうそうあることではない。
 
 しかしクリスは、なにか子供がいたずらを思いついた時のような表情で、トーマスに片目をつぶってみせる。

「なに、最近仕事続きで息が詰まっていたところだ。それに、たまには騎士団の連中抜きで動くのもいい」

 誉れある六騎士と異名をとるゼクセン騎士団の生え抜きたちは、クリス親衛隊よろしく常に彼女の側にいる。

 それが苦痛なわけではないが、たまには一人になりたいこともあるのだろう。

「分かりました。クリスさんなら何かあっても大丈夫でしょうけど、くれぐれも気をつけてくださいね?」

 止めても無駄だと察して、トーマスはそうとだけ言った。彼女の剣の腕前はトーマス自身もよく知っている。

「ああ。気をつける。さて、それでは……」

 くるりと踵を返すクリスに、はっとトーマスは待ったをかけた。

「ちょ、ちょっと待ってくださいクリスさん!その格好のままで行かれるつもりですか?」

 ぴたっと足を止めるクリス。

「そうだな……この鎧装束ではまずいか」

 休暇中とはいえ、ゼクセン騎士団の鎧を身に纏っているのは、騎士団の人間としてここに訪れたから。

 しかし、単独で動くには目立つことこの上ない。

「服を用意しますから、ちょっと待っててください。セシルが多分、サイズ的にちょうどいいかな」

 苦笑しつつ立ち上がるトーマス。大きく開いた窓から身を乗り出すように、城の前で今日も元気に警備に当たって

いる警備隊長の名を大声で叫ぶ。

「セシルー!ちょっと来てくれるかーい?」

 声に気づいたらしいセシルが、大きくトーマスに手を振り返す。そして重装備をものともしない軽快な足取りで駆け

出した。

「すぐに来ますから。ああ、ちょうどお昼時ですし、よければ一緒に昼食でもいかがですか?出発はそれからでも

遅くないでしょう?」

 人懐こい笑顔で言われると、さしものクリスも断ることはできなかった。

「ああ、そうだな。喜んでご相伴に預かろうか、トーマス殿」

 クリスがそう答えるとほぼ同時に、執務室の扉がばんっと開き、セシルが飛び込んでくる。

「トーマスさまぁ!なにかご用ですか?!あっ、クリス様もこちらにいらっしゃったんですねっ!」

 あいもかわらず元気のよい警備隊長セシルに、思わず笑みを浮かべるクリス。

 かつては父の残した鎧や兜がブカブカだった彼女だが、18歳になった今では見事に着こなせるまでになっている。

警備隊員も増え、日々城の警備に勤しんでいる彼女だが、中身はといえばさほど変わっていないようだ。

「セシル、悪いんだけど、クリスさんに服を貸してあげてくれないかな?これから、吸血鬼の噂を確かめに行って下さる

そうなんだ」

「えっ!あのトルーア村の噂ですか?クリス様直々に調査にいかれるなんて、もしかして本当に吸血鬼が?」

「いや、私もトーマス殿からいただいた情報以上の事は知らない。しかし、領内の事となれば見過ごすことも出来ないし、

ちょうど休暇中だから一人で行ってみようと思う」

 その答えに、セシルが目をきらきらさせる。

「さすがクリス様ですね!休暇中とはいえ領内を気になさって、休暇返上で真相究明に当たるなんて、すごいです!

さすがです!」

「そ、そんな大した事では……」

 なんでも大げさにするセシルには、如何せん慣れていないクリスだった。

 見かねたトーマスが話に割り込む。

「それで、騎士団の格好では目立つし行動もしにくいだろうから、セシルの普段着を貸して差し上げて欲しいんだ。

セシルならサイズもちょうどいいくらいだろうし」

 ぐんぐん背が伸びたセシルは、今ではクリスと大差ない背丈になっている。体型もさほど違わないし、丁度いいだろう

というトーマスの見立ては確かのようだった。

「はいっ!喜んで!それじゃ私の部屋へどうぞ!」

 クリスの手をぎゅっと取って歩き出そうとするセシルの背中に、トーマスが声をかける。

「それから、用意が終わったらレストランへ来てね。クリスさんもいらしたことだし、みんなで昼食にしよう」

「はーい!分かりましたぁ!さあクリス様!こっちです!」

「あ、ああ……」

 半ば引っ張られるような格好で執務室を去っていくクリスに、トーマスは苦笑を禁じえない。

「あのクリスさんをひっぱっていけるなんて、セシルくらいのものだろうなあ……」

 あと考えられるとすれば、かつて共に戦った金髪の男か。

 クリスと共にチシャ村までのおしのび旅をしたという、あの謎めいた諜報員ならば……。

「そういやナッシュさん、あれからどうしたんだろう?」




「……しかし、丈の短いスカートだ……」

 久しぶりにはくスカートは、セシルの趣味なのかやたらと丈が短い。はきなれていないこともあって、やたらと

足がスースーする。

 この状態で馬に乗るのは気が引けたのだが、トルーア村はビュッデヒュッケ城から大分遠い場所にある。休暇

は五日間しかないし、そうのんびり旅するわけにはいかない。

 しかし愛馬で移動するのはまた目立つ。そこで、ビュッデヒュッケ城の馬を一頭借り受けてきたのだ。

「それにしても、変わっていなかったな、みんな……」

 セシルから服を何着か借り受け、その後城の主だった人間が集まって昼食会となった。

 ビュッデヒュッケ城の面々は、多少年を取ったとはいえあまり変わっていない。和やかな雰囲気も変わらずだ。

 あそこにいると、まるで五年前に戻ったかのような錯覚まで覚えるほどに。

 かつての敵もなにもかもが入り乱れて、炎の英雄のもとに戦ったあの日。

 苦い経験も苦しい戦いも、すでに思い出となっている。

「……炎の英雄、か。今ごろ母上にしぼられていることだろうな」

 真なる炎の紋章を継承したのは、からヤクランの少年、ヒューゴ。現在は族長である母によって、次期族長としての

教育をみっちり受けているという。

 あの頃の仲間は動乱の終焉と共に散り散りとなり、消息のつかめぬ者もいる。

 たとえば、かつて共に旅をした金髪ナンパ男も、そのうちの一人だ。

 ハルモニアに戻ったのだとも、今もどこかで諜報活動を続けているのだとも噂されているが、誰一人として彼が死んだ

とは思っていない。

「……あれほどしぶとい男もそういないからな」

 そう呟いてしまってから、自分がずっと独り言を言っていたことに気づく。

「……そうか。一人で旅することなど、そうそうないからな」

 いつも、彼女の側には誰かがいた。長い道のりも、歓談しながら行けばあっという間だ。

 それが、一人旅は違う。いくらしゃべっても、答えは返ってこない。どんなに辛くとも、弱音を受け止めてくれるものもない。

「……一人旅とは、寂しいものだな」

 それも、トルーア村までのわずかな道のりだけだ。噂の真相を調査して、もし何か本当に事件が起こっているなら根源を

突き止めて成敗する。そして五日後には休暇が明けて、ブラス城での日常が戻ってくる。それだけだ。

 そう思い直して、クリスは再び手綱を握り締める。

 トルーア村にたどり着くのは、夕方になりそうだった。



「これはこれは、妙齢の女性が一人旅とは……」

 宿帳を書いている間に、亭主はあからさまに困ったような表情で話し掛けてきた。

「これでも剣を使う身だ。そう危険な目にはあったことなどない」

「確かに、腕の立つお方とお見受けしますが……いやね、いまちょっと……」

「なにか、問題でも?」

 サインを終えて宿帳を突っ返すクリスに、亭主は頭を掻く。

「いやその、実はですねえ」

 言いにくそうな亭主の先手を取るように、クリスは切り出した。
 
「吸血鬼の噂のことか?」
 
 その言葉に、亭主が飛び上がりそうになる。

「ご、ご存知で?」

「ああ、途中で耳にした。しかし、あくまで噂なのだろう?襲われたとされる女性も、果たして吸血鬼のせいで昏睡したまま

なのか、なにかの病気なのか、分かっていないというじゃないか」

 そう。途中で会った旅人や、立ち寄った村などでクリスも情報収集を行っていた。

 彼らからの話を要約するば、「村の人間が次々と昏睡状態に陥っており、それが必ず夜に起こっているらしいこと、窓から

飛び立つ影を目撃した者がいること、何人かの首筋に牙の跡のようなものが見つかっていることから、吸血鬼の仕業である

という噂が広まった」ということらしい。

 しかし、肝心の吸血鬼そのものをきちんと目撃した者もいない。そして一番の疑問点が、襲われたらしい人間たちが現在も

昏睡状態にあるという点だ。

「通常、吸血鬼に血を吸われたものは吸血鬼となり、周囲のものを襲うというが、被害者は未だ昏睡状態なのだろう?」

「は、はあ……まさにおっしゃるとおりで……」

 頭を掻き掻き、答える亭主。そして、おずおずと

「あのぉ……お客様は随分と事情に詳しいようですが、もしや噂を聞きつけて、退治しに来て下さったなんて事は……」

 と尋ねて来る。クリスは苦笑しつつ、

「私の剣が通用するものなら、いかようにも振るってみせよう」

 と答えた。

「おおお!なんと心強いお言葉!」

 途端に亭主の顔がぱぁっと明るくなる。

「よければ、詳しい話を聞かせてもらえるか?それから対策を立てよう」

「分かりました!早速、村の主だったものを集めましょう!いやあ、なんて嬉しいことだ!」

 舞い踊らんばかりの亭主の態度に面食らいながらも、クリスは頭の中で吸血鬼(?)退治のシナリオを組み立て始めて

いた。



 暗い。

 夜の帳は村を完全に覆い尽くし、一条の月明かりだけが地面を照らしている。

 こんな静かな夜は久しぶりのことだった。

 ブラス城では有事に備え、兵も交代で警備を行っている。ビネ・デル・ゼクセでは、深夜になっても酒場の明かりが灯っ

ている。

 しかし、グラスランドとの境にある小さな村では、日の運行と共に一日が過ぎていく。日が沈めば人々は家に戻り、ささ

やかな食事を家族と共にして早々に眠りにつく。こんな真夜中となれば、誰一人起きている者などいまい。

 宿屋の二階、通りに面した一室の寝台の上で、クリスもまた眠っていた。

 白銀の髪を枕に散らし、安らかな寝息を立てる彼女もまた、窓からの月明かりに照らされている。

 半分開けられた窓からは夜風が忍び込み、カーテンを揺らしていた。
 

 ---そして。

 静寂を破ったのは、不意に窓枠に降り立った影だった。

 ばさり、と風を打つ音。そして、窓枠を乗り越え部屋の床に降り立った、微かな足音。

 微かな、眠っていれば気づかない程度の音ではあったが、研ぎ澄まされた耳にはしっかりと響き渡る。

「……今宵も素敵な獲物がかかったようだ」

 呟く声には、どこか聞き覚えがあった。しかし、ここで動いては計画が水の泡というもの。

 足音はゆっくりと寝台へ近づいてくる。窓からの月明かりが人影に遮られ、かすかな衣擦れの音が間近に迫る。

「これはこれは」

 目を閉じたクリスの顔を見て、侵入者はひゅう、と尻上りな口笛を鳴らす。

「こんな獲物がかかるとは、思っても見なかったな。相変わらず、お美しいっ……!」

 素早い動きで寝台から身を翻し、侵入者に剣を向けたクリス。

 そして、寝台に片膝をついて降参のポーズをしている、金髪の侵入者。

 黒い外套に身を包んだその姿は、まるで闇から抜け出たかのよう。

「……なぜお前がここにいる!ナッシュ!」

「それはこちらの台詞だと思うがね、お嬢さん?」

 5年ぶりの再会がこんな形になるとは、思っても見なかったクリスだった。

 それはナッシュも同じようで、ようやく剣を下ろしたクリスにぎこちない笑みを向ける。

「こんなところで一人旅か?ああ、もしかして傷心旅行とか」

 クリスがきっと睨むと、慌ててナッシュは肩をすくめる。

「じょ、冗談だ」

「……相変わらず口の減らない奴だ……」

 ため息をつきつつ、下ろした剣を鞘に戻す。

 目の前でへらへら笑う男も、最後に見たときとまったく変わっていなかった。

 もとから年齢より若く見えた彼だが、すでに四十代に突入しているはずだ。しかし、その外見は全く衰えていない。

「……お前も変わっていないな」

 真なる紋章を継承したクリスは、その日から老いることを忘れた。それ故に周囲が変わっていく様がありありと分かる。

 彼の変化のなさは、若作りなどというレベルのものではない。

「ああ、まあ、な。色々あってね」

 言葉を濁すナッシュに、ぐいと詰め寄るクリス。

「……噂の吸血鬼騒動は、お前の仕業か?!」

「お、おいおい。何を……」

「吸血鬼は年を取らないと聞く。それに、なぜここに忍び込んだ?!答えによっては容赦しないぞ」

 この部屋に泊まっているのがクリスだと、彼は知らなかった様子だった。それならば、「宿屋に泊まる若い女性客」の

寝室になぜ彼は忍び込んだのか。

 状況から考えれば、導き出される答えはひとつ。

「お前がこの村の女性を襲い、昏睡状態にした張本人かっ!」

「ま、まてクリス。おれの話を……」

 胸倉をつかんで離さないクリスに、慌てるナッシュ。

「問答無用!」

「だから人の話を聞けって!」

 クリスの肩をつかみ、ぐいと引き離すナッシュ。そして、なおも息巻くクリスに、冷や汗たらたらで弁解する。

「あのなあ、ひとまず誤解だ」

「どこらへんが誤解だ?!」

 寝台から離れ、窓枠に腰掛けるナッシュ。月明かりに照らされた彼の瞳が、ほのかに赤いことに、クリスは気づかない。

「まず、吸血鬼騒ぎだ。あれは吸血鬼じゃない。吸血鬼の名を語った盗賊だったよ」

「盗賊?」

「ああ。その証拠に、被害にあった女性の家からはことごとく、物が盗まれてた。みんな被害者の昏睡状態に気を取ら

れて、ちゃんと調べてなかったみたいだな」

「それじゃ、昏睡状態は……」

「薬だな。大丈夫、全部解毒剤を飲ませてきたから、明日には回復するだろう。首筋のかみ傷ってのも、吸血鬼を装う

ためにわざとそれらしい傷をつけていったみたいだな。まったく、たちの悪い盗賊だ」

「なるほど……で、その肝心の盗賊とやらは?」

「ああ、その……今頃、相方がとっ捕まえてるはずだ」

 相方という言葉に、クリスが眉をひそめる。

「相方?鳥か?」

 かつて彼は、ナセル鳥を相方と呼んで飼っていた。なんでも本国との連絡役だったようだが、鳥に盗賊が捕まえられる

とは思えない。

「いや、鳥じゃなくてだな……」

 なにか口篭もるナッシュに、疑惑の目を向けるクリス。

 と、ナッシュの背後から声が響いた。

「なにをしておる?」

 涼やかな女声。そして、若々しい声には似つかわしくない古風な口調。

「お、もう終わったか。相変わらず手際のいい……」

 なにか冷や汗をたらしながら窓の下に身を乗り出すナッシュ。声の主は、宿の外、大通りから声をかけてきたようだ。

「おんしが手伝わぬから、つい手加減を忘れてしもうだぞ」

「す、すまん……まさか殺しちゃいないだろうな?」

「ああ、かろうじてな。ここにまとめておくから、あとはおんしがなんとかせい。わらわは疲れた。先に戻るぞ」

 言葉が終わると同時に、なにか羽ばたくような音が聞こえてくる。

「ああ、すぐに行くさっておいっ!」

 窓枠に腰掛けたナッシュの顔を掠めるようにして、白いなにかが空へと飛んでいく。

「こうもり?」

 クリスの目には、そう見えた。白いこうもり。優雅に翼を広げて、夜空へと消えていく。

 そして、再び部屋に静寂が戻った。

「……つまり、お前は吸血鬼の噂を聞きつけて、ここにやってきたんだな?」

 しばらくして口を開いたのはクリスの方だった。

「ああ。そっちも同じみたいだな。もっとも、おれ達がここについたのは三日くらい前で、その日の夜にも騒ぎがあった。

その時には正体を見破るくらいしか出来なくて、仕方なく次の機会を待ってたわけだ」

 逃げ足の速い盗賊で、まして土地勘のない彼らには追跡が出来なかった。

 しかし、村の人間達も度重なる吸血鬼の襲来に警戒しており、盗賊の方もなかなか次の襲来の機会がなかったようだ。

 そんなある日、夕暮れに村に到着した一人の女性がいるという話を聞いた。

 身なりのよい女性で、これからグラスランドを抜けてデュナンへ向かう途中だという。

 これなら盗賊たちのターゲットになるかもしれない。しかも、無用心に窓を開けて休んでいる。

 ならば、と、盗賊たちの先回りをするべくナッシュが部屋に入り、盗賊が現れるのを待つ予定だった。

「お前さんも、自分が囮になるつもりだったんだろう?」

 ナッシュの言葉に、クリスは頷いてみせる。

「ああ。ここの亭主や村長たちに相談して、わざと噂を流してもらった。金を持っていそうだとか、色々な」

 そして、わざと窓を開け放し、そうと分からぬように剣を寝台に隠して、眠ったふりをしていたのだ。

「しかし、なぜお前が?それに、いつからゼクセンにいた?まさか動乱の後、ずっと留まっていたわけではなかろう?」

 ハルモニアの諜報員であるナッシュ。それが、ゼクセンで起きた吸血鬼騒動のためにわざわざやってくるとも思えない。

 そんなクリスの問いかけに、ナッシュは肩をすくめて見せる。

「ああ、今は失業中でね。あれからずっと、当てのない旅を続けてたのさ。こっちに来たのは久しぶりだ」

「失業中?」

「ああ、ササライ殿にクビにされたのさ。まあ、色々あってね」

 眉をひそめるクリス。あのササライが、長年仕えてきた諜報員をあっさりクビになどするのだろうか?

「シンダルの遺跡から命からがら逃げ出したあと、いきなり解雇宣告だぜ?まったく、ひどい上司だ。そんなわけで、まあ

きままな旅をしてたわけなんだが……この辺りで吸血鬼の噂があると聞いてね。本物かどうか確かめに来たんだ」

「……なぜ?」

 クリスの短い問いに、ナッシュは窓枠から立ち上がり、ゆるやかな動作で一礼してみせる。

「……名前を騙られると、本物としては大迷惑なんですよ、お嬢さん」

 クリスの目が見開かれる。その様子を見て、にやりと片目をつぶってみせるナッシュ。

「まあそんなわけさ。盗賊たちは下にまとめてあるから、どうにでも処分してくれ。それじゃ、な」

 黒い外套を翻し、窓枠に足をかけるナッシュ。その背中に、クリスの声が投げかけられる。

「待て!お前は……望んでそうなったのか、それとも……」

 振り返ることをせずに、ナッシュは月を見上げて答えを返す。

「ああ、おれが選んだ道さ」

「……それならば、何も言うまい……」

 寝台に腰掛けて、クリスは呟くように言葉を紡ぐ。うつむくその顔は影になり、表情を伺うことは出来ない。

「おや?あっさり言うねえ。成敗されるかと思ったんだが……」

 顔だけ振り返って、茶目っ気のある瞳を向けるナッシュ。そして、ふわりとした動きでクリスの目の前に立ち戻り、素早く

その額にくちづける。

「!」

 ばっと顔を上げたときには、彼の姿はいずこかに消えていた。まるで闇にとけてしまったかのように。

「ナッシュ?」

「またいつか、会うこともあるだろう。それまで元気でな、お嬢さん」

 彼の声だけがどこからか響く。そして、キョロキョロと辺りを見回すクリスを笑うかのように、カーテンが夜風に揺られて

バサバサとはためいていた。



「吸血鬼、か……なるほど、あの男には案外、ぴったりかもしれん」

 見目はそこそこ、身軽さがウリのナンパ男。

 なるほど吸血鬼の資質ばっちりだ。

「しかし……不老の知り合いが増えたのは、喜ぶべきなのかも知れんな」

 時が経っても自分を覚えていてくれる者がいるということは、嬉しいことだ。

 不老の運命を辿る者にとっては、それはまさに得がたいもの。

「またいつか、か……」

 それならば、その日が来るのを楽しみに待っていよう。

 なにしろ彼女には、永遠にも近い時が用意されているのだから……。



 -完-


 4000hitリクエスト、「小説(『吸血鬼ナッシュ!』)」です(^○^)

 なんだか、ナックリになってるのはどうしてでしょう……。いや、一応ナッシエなはずなんですが、シエラ様は声のみの

出演に相成ってしまいましたし、おかしいなあ。しかもトーマスやらセシルやら出てきてるし……。

 こんな感じでいかがでしょう?また微妙にずれちゃった気がしてなりませんが……

 で、どこらへんが「月夜の誘い」なのかというと、クリスが吸血鬼をおびき寄せるために窓を開けていた辺りではないか

と……(そんなんかっ)

 おまけも用意しましたので、よろしければどうぞ♪

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